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1960年代後半頃のグループ・サウンズ(GS)ブームは凄かった!OXのブロマイド

グループ・サウンズ(またはグループ・サウンド、和製英語: group sounds)とは、エレクトリック・ギターやエレキ・ベースなどの電気楽器を中心に数人で編成される、演奏および歌唱を行うグループ。 ベンチャーズやビートルズ、ローリング・ストーンズなどの影響を受け、1967年(昭和42年)から1969年(昭和44年)にかけて大流行した。略称GS。 1966年(昭和41年)のビートルズ来日公演以降、エレキギター等の楽器を自ら演奏しながら歌うグループが日本で次々とデビューするようになる。このことを受け、若者向け芸能雑誌「週刊明星」がこれらのグループや音楽を総括して「グループ・サウンズ」または「グループ・サウンド」と呼び始めたことをきっかけに広まった呼称で、起源にはいくつかの説がある。 1960年代当時の日本は、父権が強い封建的な面を持った社会であり、長髪やエレキギターといった要素は不良、若者の非行に結びつけられ、一般社会からの風当たりは非常に強かった。その為、グループ・サウンズのコンサートを観に行った高校生には停学もしくは退学処分を下される学校もあった。また、コンサートに行くこと自体を禁止する中学校・高校が続出した。 オックスがステージ上で行った失神パフォーマンスにより実際に失神する少女達が続出し、これを契機にPTAや教育関係者の反感を買うこととなった。そして事故防止のためグループ・サウンズのバンドにはコンサート会場を提供しないという劇場や自治体があらわれた。 1968年夏頃にはGSブームはピークを迎え、100を超えるグループがレコードデビューを果たすも1969年春にはザ・タイガース、ザ・カーナビーツ、オックスなどの人気グループから主要メンバーが相次いで脱退し、1970年頃には完全にGSブームは終焉を迎え、1971年に入るとほとんどのグループが解散・自然消滅をした。 その後人気グループ・サウンズに於いてリード・ヴォーカルを務めていた人物の中からは、グループ解散後も歌手やミュージシャン、俳優、またタレントとして芸能界の第一線で活躍し続けている人物も多い。また他の楽器パートを務めていた人物にも、俳優、作曲家、スタジオミュージシャン、音楽プロデューサー、芸能事務所経営者等として、芸能界の重要人物へと納まっている者が多数存在する。 当時、少しませていた私はGSブームに夢中になりました。 今、聴いても本当に良い名曲が沢山ありますね。 写真はグループ・サウンズ(GS)全盛期の1968年(昭和43年)にデビューしたグループ「オックス(OX)」の1960年代当時のマルベル堂ブロマイドです。 22種類のポーズ(画像は21種類)があり60枚以上あったのですが、残っていた在庫52枚全て先日、お買い上げ頂きました。 今から35年程前にブロマイドの販売店が廃業される際に売れ残りをまとめて買い上げました。 殆どが1960年代後半~1970年代前半の頃の売れ残りデッドストック品で、1000枚近くはあったでしょうか?・・・入手後そのまま、仕舞っておりました。 「オックス(OX)」は、1968年5月5日、デビュー曲「ガール・フレンド」を発売。ステージ上の激しい動きから放心状態となり倒れ込む野口ヒデト、そして飛び乗っていたオルガンから転がり落ち気絶する赤松愛、そんな2人に触発されるかのように連鎖的に倒れていく残りのメンバー、というパフォーマンスを見せ、この前代未聞のステージにファンは熱狂、瞬く間にオックスの存在は女学生の間で大きな話題となる。「ステージ上で気分が高揚、陶酔のあまり恍惚状態で倒れ込んでしまう」という特異なパフォーマンスは「失神バンド」としてその名を轟かせる。 https://www.youtube.com/watch?v=p7cIGXXDZmo オックスは、タイガース、テンプターズと共に、人気GSとして取り上げられるようになっていく。 あくまでもメンバーの「失神」は当初演技であったが、彼らが演奏する「テル・ミー」で本当に失神してしまうファンが現れ、これをきっかけに、11月10日の日比谷公会堂に於ける公演より同曲を自粛した。だが、この日ステージ第1部の最後に演奏した「オー・ビーバー」辺りから客席の様子が怪しくなり始めた。 その為、急遽第2部では趣向を変え歌謡曲も演奏したが、イントロで失神者は相次ぎ、熱狂するファンで場内が大混乱したことから公演は途中で打ち切られてしまう。公演会場に詰め掛けた女子学生約2000人中、興奮した約30人が矢継ぎ早に失神、15人が病院に担ぎ込まれる事態にまで発展する大騒ぎであった。 この結果、「オー・ビーバー」は自粛せざるを得なくなり、この一件から「オックス」の存在は失神GSとして名を馳せる一方、社会問題化することとなった。一部の学校ではオックスのショーを観に行くことを固く禁じ、また会場では教師が生徒の入場を厳しく取り締まる光景が見られるようになり、PTA、婦人団体の抗議活動もあって、地方自治体や劇場より会場の貸し渋りが増えていくこととなる。 1969年は3月にタイガースのギター担当である加橋かつみ、4月にカーナビーツのボーカルである臼井啓吉、そして5月にはオックスの赤松愛の脱退と、主要GSより脱退が相次いだ。テンプターズらと共に、GSブーム中期から後期にかけて人気を担っていたオックスだったが、時を同じくしてフォークが台頭し始め、1967年初夏より始まったGSブームは、3年目の夏を目前に終わろうとしていた。 「ダンシング・セブンティーン」「スワンの涙」「僕は燃えてる」などのヒット曲を飛ばし、甘くメルヘンチックなルックスと歌声が多くの少女ファンを夢中にさせ、1969年のブロマイド年間売上実績が第1位に輝いた。 ブロマイドの売り上げは人気のバロメーターでもありました。 大きさは縦約14センチ、横約9センチ。 1960年代当時の品です。 裏にマルベル堂の表示があります。 何分古い品ですが基本的には美品です。 当時、ファンだった方はたまらないでしょう? 青春メモリアル・プレイバック!!~ 他にも1960年代後半~1970年代前半の有名、無名のアイドル、スター、女優、男優のブロマイド多数あります。 お捜しのアイドル、スターがあればお問い合わせ下さい。 写真をクリックすると大きく見れます。 過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。 ******************************************** おすすめ 「オックス・コンプリート・コレクション」 オックスの曲は今聴いてもいい曲ばかりで飽きません! 元祖・失神GSバンド、オックスのコンプリート・コレクション。全アルバム、全シングルに解散後の野口ヒデト(現・真木ひでと)のソロ・シングルを加えた、2枚組全44曲を収録。 『オックス・コンプリート・コレクション』は下記の関連サイトから購入できます。 … Continue reading

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【スラムダンク】映画「THE FIRST SLAM DUNK」大ヒット! 世界が熱狂! 

【スラムダンク】映画「THE FIRST SLAM DUNK」大ヒット! 世界が熱狂 ヒットの訳は? 7週連続動員1位 12月3日より公開中のアニメーション映画『THE FIRST SLAM DUNK』が、44日間で観客動員数567万1527人/興行収入82億7517万4840円を記録した。 https://www.youtube.com/watch?v=ZRlrH_N10aI 『SLAM DUNK』(スラムダンク)は、バスケットボールを題材にした井上雄彦による日本の漫画作品。『週刊少年ジャンプ』にて、1990年(42号)から1996年(27号)にかけて全276話にわたり連載され、アニメやゲームも制作された。 ジャンプ歴代最高部数653万部を達成した1995年3 – 4号で巻頭オールカラーを飾り、最終回となる1996年27号では表紙と巻頭カラーの両方を飾った。なお、少年ジャンプにおいて最終回で単独表紙を飾った史上初の作品であり、本作品以外では2016年9月に完結した『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の2作のみである。 テレビアニメは、テレビ朝日系列にて1993年10月16日 – 1996年3月23日に放映。 2022年12月3日に公開された『THE FIRST SLAM DUNK』は大ヒットし記録更新中。 画像は人気絶頂だった1995年当時に 作られたバンダイ製 スラムダンク  デフォルメ ソフビ貯金箱6体シリーズ揃いコンプリートです。 ​​​​​​​ SLAM DUNK  スラムダンク BANDAI 1995 ソフビ貯金箱 1体の高さ約5㎝前後 入手後、袋に入ったまま飾らずに保管しておりました。 裏蓋もあり塗装剝げ、色褪せ、汚れなく美品です。 6体セット販売可能です。 写真をクリックすると大きく見れます。 過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。 ******************************************** おすすめ SLAM DUNK(スラムダンク) … Continue reading

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コーストラインの看板のCSN&Yデヴィッド・クロスビーさんが死去・・・合掌

シンガーソングライターのデヴィッド・クロスビーさんが死去した。81歳だった。 ザ・バーズやクロスビー、スティルス&ナッシュの創設メンバーで、長い闘病生活の末帰らぬ人となったことを遺族がバラエティ誌への声明を通じて発表「長い病気の後、愛するデヴィッド・クロスビーが亡くなりました。妻でソウルメイトのジャン、息子ジャンゴに優しく囲まれていました」「この世に彼はもういませんが、その人間性と優しき魂は私たちをこれからも導き、感銘を与え続けていくことでしょう。彼の残したものはその素晴らしい音楽と共に生き長らえます。デヴィッドを知る、デヴィッドに感動をもらった全ての人々に平穏、愛、調和を」「彼の不在を寂しく思うことでしょう。私たちが悲しみ、その大きな喪失と向き合う中、プライバシーの配慮をどうかお願いします。皆さんの愛と祈りに感謝します」 デヴィッド・クロスビーさんは1964年にザ・バーズを結成、同バンドはすぐに世界的人気を獲得、ヒット曲にはボブ・ディランの『ミスター・タンブリン・マン』のカバーがある。  その後デヴィッドさんは1967年に、メンバー間の確執により同バンドを脱退、スティーヴン・スティルス、グラハム・ナッシュとクロスビー、スティルス&ナッシュを結成し1969年のウッドストック・フェスティバルで初のライブを敢行、その後ニール・ヤングが加わり、1970年代に大きな成功を収め、現在も同時代を代表するバンドの一つと見なされている。 一方、音楽業の他に政治的発言でも知られたデヴィッドさんは1982年にドラッグと武器に関する罪で逮捕されるなど、警察とのもめごとも絶えなかった。またソロ活動では、アルバム6枚中5枚をチャート入りさせ、ザ・バーズやクロスビー、スティルス ナッシュとして2度ロックの殿堂入りを果たしている。  そんなデヴィッドさんの訃報に、バンドメイトだったスティーヴンとグラハム、他にもビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンが追悼コメントを発表、また故トム・ペティの公式ツイッターも哀悼の意を綴っている。 https://www.youtube.com/watch?v=PeEWMnRcrTY 多感な思春期に影響を受けた青春の1ページだったアーティストが亡くなりました・・・合掌 唯一無二の家造り10・・・移設引っ越ししました(その2)CSN&Yの看板 https://ameblo.jp/tintoys1956/entry-12521359411.html 写真をクリックすると大きく見れます。 過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。 ******************************************** おすすめ 「Crosby Stills & Nash クロスビー,スティルス&ナッシュ」 Crosby Stills & Nash』は下記の関連サイトから購入できます。 ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓https://ameblo.jp/tintoys1956/entry-12785681973.html

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一足は持っていたいコンバースを代表するジャックパーセルは定番スニーカー

コンバースのJACK PURCELL(ジャックパーセル)履き倒してボロボロになったので新旧交代です。 コンバースが販売するスニーカー・ジャックパーセル。 1935年に、当時バドミントンチャンピオンだったジャック・パーセルが開発にかかわった。靴の名称もパーセルに由来する。 発売当時最高水準の耐久性と快適さを備え、テニス、バドミントン、スカッシュの多くのプレーヤーに愛用された。 ほほ笑んだ口元に見えることからスマイルと呼ばれるラインがトゥ(つま先)に 入っているのとヒール(かかと)にひげと呼ばれるマークが入っているのが大きな特徴で、キャンバス地とレザーがある。コンバース・オールスターと並び人気がある。 発売当初の同モデルには、アイコンであるつま先のスマイルとかかとのヒゲがなかったのです。これが登場したのは、1950年代にスポルディング社からB.F.グッドリッチ社に販売が移行してから。その後、1972年にB.F.グッドリッチ社が『コンバース』に買収されました。それに伴い、ジャックパーセルが『コンバース』の定番ブランドの1つとなったのです。 1967年年公開の映画「卒業」でダスティン・ホフマンが履いていたのがカッコ良かった! ダスティン・ホフマンのIVYの着こなしは憧れでした。 https://converse.co.jp/pages/history-jack-purcell 写真をクリックすると大きく見れます。 過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。 ******************************************** おすすめ「コンバースのJACK PURCELL ジャックパーセル」 1935年に誕生し、同名のバドミントンプレイヤーが開発に参加したことでも知られるCONVERSEを代表するアイコンの一つです。ヒールラベルはそのデザインから“ヒゲ”の愛称で親しまれており、またトゥ部分のラインは微笑んでいる口元のように見えるため”スマイル”とも呼ばれ、シンプルで洗練されたデザインは今尚根強い人気を誇っています。 『コンバース JACK PURCELL』は下記の関連サイトから購入できます。 ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓ https://ameblo.jp/tintoys1956/entry-12784883492.html

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タップダンサーの電動バッテリー版「Dancing Sailor Girl」ゼンマイ版と見比べる

以前に1950年代「TAP DANCER 」タップダンサーのゼンマイ版を、ご紹介しましたが先日、電動バッテリー版を入手しました。 1950年代後半~1960年代前半のHAJI製(万盛玩具)ブリキのダンサー STRUTTING MY FAIR DANCERR (Dancing Sailor Girl) 但し、箱がなく本体にはメーカー名の記載がありませんが、資料からHAJI製・万盛玩具と断定出来ます。 ◎ 外観状態 : ダンサーの頭部はソフトビニールで綺麗です。 頭部は差込式で、そっと乗せただけ(グッと差し込みます) その他、台部分やダンサーはブリキ製で若干の擦り傷の他、凹み、破損や腐食はありません。 塗装状態も良く、綺麗です。 台の下部にMADE IN JAPANのプリントがあります。 バッテリーケース内も綺麗です。 サイズは 高さ約300mmになります。 ◎ 作動状態 : 単一電池×2本使用 ダンサーは上下動でタップダンサーの様に華麗なステップを踏みます。 同時に少しづつ回転します。 ゼンマイ版と電動バッテリー版を見比べて見ました。 ブリキ製玩具の「TAP DANCER 」タップダンサーは一押しの面白さ! https://ameblo.jp/tintoys1956/entry-12521356227.html 1950年代「TAP DANCER 」タップダンサーのオリジナル https://ameblo.jp/tintoys1956/entry-12521356756.html 「TAP DANCER 」タップダンサーの復刻版とオリジナル版を比較すると・・・ https://ameblo.jp/tintoys1956/entry-12521356763.html 写真をクリックすると大きく見れます。 過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。 … Continue reading

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2023/1/20発売予定の「日本のブリキ玩具図鑑」予約注文しちゃいました

2023/1/20発売予定の創元社「日本のブリキ玩具図鑑」予約注文しちゃいました。 ブックトレイラー『日本のブリキ玩具図鑑』 https://www.youtube.com/watch?v=SHLKk7m0ESs 私が玩具収集を始めた黎明期の頃・・・1979年(昭和54年)に発行された熊谷 信夫氏「ブリキのオモチャ」 「ブリキのおもちゃ」コレクションが今ほど一般化する前、北原照久氏の写真集ですらまだ、世に出ていなかった頃に発行された日本で最初の「ブリキのオモチャ」のバイブル本でした。 320余点のブリキ玩具の写真収録、カラー47Pモノクロ48P、ハードカバー、上質紙の非常にしっかりした作りの本でした。 1979年販売当時の定価は3200円と非常に高価でしたが写真も豊富、カラー多数で、単なる写真集にとどまらず、当時のメーカー資料やインタビュー、歴史、玩具用語解説、メーカー製造問屋ブランドマーク一覧などブリキのオモチャの魅力を余す所なく伝え、今見ても全く見劣りしない非常に完成度の高い本です。 著者の熊谷信夫氏は、『東の北原照久』『西の熊谷信夫』と言われる位、この業界の先駆者で大阪ブリキ玩具資料室の代表者です。 我が家にも何度か来て頂きました。 パソコンもなくインターネットで情報収集も出来ない黎明期時代1978年から、コレクションを始めた私は右も左も判らず、夜の荒海に浮かぶ小船の様でした。 そんな時代に発行されたこの本は、正に進む道を明るく照らす灯台の様な存在でした。 この本で、ブリキ玩具の歴史を知り、集める方法を学び知れば知るほど、その魅力にどっぷりとはまり私の人生に大きな影響を与えてくれました。この本の影響で1979年~1981年まで、キャンピングカーで日本一周しながら全国の玩具店を巡りながらブリキ玩具の発掘「お宝探し旅」に繋がったのです。 この頃は、個人経営のおもちゃ屋さんも今とは違いまだまだ全国に沢山ありました。 今は、個人経営のオモチャ屋さんも随分と無くなって仕舞いましたネ・・・ 当時は、郊外に大型ショッピングセンターが出来て、昔ながらの商店街は客が減少し閉店した店が増えシャッター通りと言われ始めていました。 のちの少子高齢化と大手玩具チェーンの代頭を前に、個人の玩具店はその後、次々と姿を消す直前でした。 当時、今ほど『ブリキのおもちゃ』の価値は世間では評価されておらず、売れ残りの玩具は、お店でも邪魔になり持て余している状況でした。 正に私が、助け出してやらなければ、ゴミとしてどんどん捨てられる運命だったのです。 浦島太郎は、子供達に虐められていた亀を助けて竜宮城へ行き、私は捨てられる運命にあった『古臭い玩具』を助け、現代版『御伽噺』とも言うべき桃源郷を発見しました。 こうして日本一周しながら全国の玩具店を捜し廻り『時代の欠片』を拾い集めると、その数は物凄い量になりました。 その著者の熊谷 信夫氏の渾身の新作本とあっては税込価格6600円と非常に高額ですが買わない訳にはいきません。 各ジャンル・年代の代表的おもちゃを収録 明治から戦後にかけて日本で製造された魅力的なブリキ玩具の数々。 ノスタルジーを覚えるデザインはもとより、創意工夫に満ちた仕掛け、それを実現した精緻な技術はいまなお色褪せず、独特の輝きを放ち続ける。 本書では、膨大なブリキ玩具コレクションのなかから各時代・ジャンルを代表するおもちゃを選び、それぞれの写真と諸元を掲載。おもちゃの特徴やジャンルの傾向について解説を付す。 第1章 日本のブリキ玩具の歴史――明治・大正・昭和 1 ブリキ玩具の誕生 2 ブリキ玩具産業の発展 3 戦後のブリキ玩具 4 ブリキ玩具の黄金時代 5 自動車・乗り物玩具の隆盛 6 子供の生活と遊び 7 SF・宇宙もの 8 キャラクターもの 9 ブリキ玩具とあゆんだ60年 第2章 ブリキ玩具の復活――1988年~2017年 1 ブリキ玩具の再発見 2 ブリキ玩具のリバイバル生産 … Continue reading

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お疲れ様でした・・・憧れの永遠の若大将「加山雄三」人前で歌うのは最後

憧れの永遠の若大将「加山雄三」人前で歌うのは最後・・・お疲れ様でした。 フォークソングやニューミュージック全盛時代に先立つ、日本におけるシンガーソングライターの草分け的存在であり、また日本で初めて多重録音を手がけた歌手でもある。 ソングライターとしてのペンネームは、加山が尊敬している團伊玖磨と山田耕筰を足して2で割った弾厚作(だんこうさく)名義で作曲(稀に作詞もある)している。 1964年6月10日、『日刊スポーツ』に「波乗り日本第一号 加山雄三 サーフボード作る」と載る。 「若大将シリーズ」が大ヒットし代表作となる。 ブロマイドは女学生を中心に爆発的な売れ行きを記録した。 1965年12月に映画『エレキの若大将』主題歌として発売された『君といつまでも』はレコード販売350万枚の大ヒットになり、1966年の第8回日本レコード大賞の大本命とされていたが、結局大賞は同曲に比べ売上面で劣る橋幸夫の『霧氷』が受賞することとなり、「君といつまでも」は特別賞に留まる。 23億円の負債を抱えどん底だった頃に、女優松本めぐみとの結婚が世間を騒がせた。 巨額の債務を抱えた不遇の時代を迎え質素な生活へと追い込まれるが、10年で完済した。 2022年の年内でコンサート活動から引退することを発表。 最終公演は、豪華客船「飛鳥II」の航海中(同年12月6-8日と8-10日) NHK大晦日の第73回NHK紅白歌合戦への出場が、コンサート以外でも人前で歌うのはこれが最後となった。 スポーツ万能でカッコ良く永遠の憧れの若大将! 歌手としても数々のヒット曲があり、どれも素晴らしいですが、最も好きな曲は「旅人よ」です。 当時の「若大将シリーズ」は、映画館で怪獣映画と2本立て上映されていて怪獣映画目当てで初めて「エレキの若大将」を観ました。後に奥さんになる松本めぐみさんが端役で共演していました。 シリーズ後半になると星由里子さんから、酒井和歌子さんがお相手ヒロインになり、後半のシリーズは、酒井和歌子さん目当てで、リアルタイムでシリーズは、殆ど観ました。 後日、テレビの深夜放送で「大学の若大将」を見て若大将シリーズ制覇。 ポジティブな生きざまは常に憧れの存在です。 海に憧れて海辺に家を建て1983年に移り住んだのも、今になって思えば加山雄三さんの影響だったのかもしれません。 写真は「若大将シリーズ」が大ヒットし、その人気も絶頂期だった昭和42年頃のブロマイド「カラー・加山雄三とスター写真集」です。 駄菓子屋の店先などで吊り下げて売られていました。 新聞や雑誌のリサイクル紙で作られた袋に入っていて誰のブロマイドが入っているか開封するまで判らずドキドキしながら束の中から引き抜いて買ったものです。 一束30枚の未開封完品です。 写真をクリックすると大きく見れます。 過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。 ***************************************** おすすめ 加山雄三 プレミアム・ベスト 『加山雄三 プレミアム・ベスト』は下記の関連サイトから購入できます。 ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓ https://ameblo.jp/tintoys1956/entry-12782274316.html

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LIFE~夢のカタチ~丹後の食材に魅せられたポルトガルの和食料理人 リカルドさん宮津市「西入る」

12月17日(土) 午前11時~11時30分放送のLIFE~夢のカタチ~は、丹後の食材に魅せられたポルトガルの和食料理人 リカルドさんが紹介されていました。 見逃した方はTVerで1週間無料視聴出来ます。 京都府宮津市「西入る」https://nishiiru.com/ 「天橋立」で知られる、海の京都を代表する観光都市・宮津は、豊かな海産物に恵まれた街でもあります。その一角に今年6月、異色の寿司割烹がオープンしました。板場を仕切るのはポルトガル人の料理人、リカルド・コモリさんです。西の国・ポルトガルから来た料理人の店なので「西入る」と名付けました。古い蔵を改装した店内で、旬を活かした本格的な日本料理のコースを振舞います。カウンター席6席から全てが見通せる緊張感のある板場。妻の美穂さんが接客を担当して、場の空気を和らげています。なぜ宮津でお店を?「美しい自然と素晴らしい食材、住む人の温かさに感動しました」 ポルトガルの首都・リスボンで生まれたリカルドさんは、こどもの頃から料理が大好き。シェフを目指して地元の調理師学校へ進学しますが、寿司の美味しさに衝撃を受け、リスボンの日本食レストランで働きます。そして別の日本食店で働いていた美穂さんと出会い、結婚。和食をもっと極めたいとの思いから、2015年に来日。河口湖や草津温泉で懐石料理の基礎を学び、銀座や京都の名店で修業します。そして、旅行で訪れた宮津に魅せられ、この地で独立したのです。 日本の食文化を深く愛しているリカルドさんは、旬の食材を生かした日本料理が得意。生産者の顔が見える地元の新鮮な食材をふんだんに取り入れ、仕込みに時間をかけて、ていねいに作る料理は大胆かつ繊細、そして華麗だと評判になり、遠方から訪れる人や、地元のリピーターが増えています。また、王道の日本料理だけなく、ポルトガル人ならではの工夫を凝らした料理やデザートも評判を呼んでいます。 畑を借りて自ら野菜を作ることで、宮津の旬を体感するなど、ひたむきに学ぶリカルドさんの姿勢に共感して、応援する料理人や漁師さんも。 そんなリカルドさんは今、冬の新名物メニューを考えていました。それは…アンコウ。目指すのはポルトガルと宮津の食材を融合させる新たな日本料理。はたして… 店名の「西入る」には、はるばる来てくださったお客様と西の果てポルトガル出身の店主が料理を通して対話する、そんな想いを込めました。 ポルトガル・リスボンから東京へ、そして河口湖、伊東、草津温泉、そして東京、さらには京都へーリカルドの飽くなき日本料理への探求心と、応援してくださった沢山の方々の縁を紡ぎ、いつか自分たちの店を持つ事を目指していました。 そして2022年2月、初めて訪れた丹後エリアに圧倒されます。美しい自然と豊かな土壌、素晴らしい食材の恵みと生産者さんたち。「ここがいい」直観的にそう思ったそうです。 思えば私も宮津の海と自然に魅せられて移り住んで39年になります。 海の幸、山の幸、自然が豊かで水、空気が美味しく海と日本三景「天橋立」も近く本当に住むのに良い処だと思います。 写真をクリックすると大きく見れます。 過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。 ************************* お薦め 宮津市-天橋立を眺める町の自然音 『宮津市-天橋立を眺める町の自然音』は下記の関連サイトから購入できます。 ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓ https://ameblo.jp/tintoys1956/entry-12780530176.html

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お宝グッズ満載でマニア必見!お宝グッズ満載★永井豪&キューティーハニーF特集『お宝』大量掲載

お宝グッズ満載でマニア必見!お宝グッズ満載★永井豪&キューティーハニーF特集『お宝』大量掲載 お宝グッズ満載★永井豪&キューティーハニーF特集・カタログ本◎『お宝』が大量掲載☆ページぎっしり情報満載で資料としても大変貴重な本 今回もまんだらけZENBU 113号が2冊届きました! まんだらけZENBU 113号はマニア必見!「永井豪&キューティーハニーF特集」 お宝グッズが満載 ★まんだらけZENBU113号★新本 B5判 。 『お宝グッズ』がこれでもかこれでもかと大量掲載、怒涛の大増量586ページ。 カラーページ多数で毎号、驚きと衝撃を与える掲載内容。 今号もページぎっしり『お宝』情報満載で資料としても大変貴重な本です。 少し紹介しますと・・・ ●特集 永井豪 永井豪の作品は非常に多く、TOYを中心に、漫画、直筆品、セル画、アニメ設定、雑誌、絵本、資料本、レコード、カード、ポスター、ドールなど多岐に渡り、永井豪関連だけで300ページを超える勢いです。おなじみの作品のあのグッズや、この作品も永井豪なのといろいろ楽しめる構成になりました。 ●アニメセル画・アニメ原画 人気急上昇「聖闘士星矢」「ドラゴンボール」「うる星やつら」「名探偵コナン」「CCさくら」「ドラえもん」。そして、小松原一男「さよなら銀河鉄道999」原画、金田伊功「新竹取物語 1000年女王」レイアウト、伊藤郁子「プリンセスチュチュ」版権原画、関修一「ふしぎな島のフローネ」設定原画、小田部羊一「アルプスの少女ハイジ」設定原画、宮崎駿の設定原画など、直筆原画のラインナップが充実!もちろん「ナウシカ」「ラピュタ」「トトロ」「おもひでぽろぽろ」「耳すま」「紅の豚」「魔女宅」「もののけ姫」目移りするジブリタイトルもあります! ●直筆イラスト・色紙・原稿 永井豪はもちろん、ダイナミックプロ、石川賢など関係作家が連なります。藤子不二雄「ドラえもん」の色紙を皮切りに手塚治虫、石森章太郎、赤塚不二夫、横山光輝の豪華作家陣をはじめ、ビンテージの人気作家、少女漫画家、宮崎駿を含めたアニメ作家などが誌面を飾っています。さらには官能作家、お求めやすいサイン本ページなど充実しています。 ●単行本 楳図かずお怪奇漫画特集、「ねこ目の少女」「まだらの少女」「へび少女」「赤んぼ少女」など佐藤プロ花文庫を多数出品。他にも東眞一郎(水木しげる)「スポーツマン宮本武蔵」、大城のぼる「火星博士」戦後版、千葉徹弥「魔法人形」、一峰大二「ナショナルキッド」など希少な単行本を多数出品。 ●新書 ジャンプコミックス「マジンガーZ」極美セットをはじめ「ハレンチ学園」帯付完品「あばしり一家」「デビルマン」「永井豪ロボット全集」など永井豪の代表作多数出品。 ●アストロノーツ型ロボット特集 SF世界から抜け出してきた! ●ビンテージコミック雑誌 レジェンドメーカー永井豪の初々しいデビュー作から骨太の代表作まで惜しみなく網羅。ダークファンタジー「デビルマン」、ディストピアワールドの先駆け「バイオレンスジャック」、エロ表現で社会現象にもなった「ハレンチ学園」他、見どころ満載のラインナップ! ●ビンテージ付録 この分厚さが放つ付録らしからぬ魅力、そんな厚冊付録を集めました。「少年まんが文庫」「探偵漫画ブック」「少年漫画ブック」「ダイヤモンド漫画ブック」。複数タイトルを詰め込んだこれら厚冊は背もしっかりあるので、棚に映えるのが大きなポイント! ●カード ☆世界一有名な世界初のトレーディングカードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」 3号連続出品の第2回目!【土地・アンリミテッド&ベータ】 MTGの基盤である「基本土地」の初期にあたるカードと、2色を持つ特別な土地、通称「デュアルランド」を集めました ☆永井豪特集に合わせて カルビー マジンガーZカード、ミニカード、テレホンカード集結 ●同人誌 … Continue reading

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1980年代に「HONEY(ハニー)」というお菓子メーカーがあった(その2)

その昔、1980年代に「HONEY(ハニー)」というお菓子メーカーがあったのを覚えていますか? カラフルなストライプの柄の包み紙のキャンディに、クマさんの形のチョコレート・・・ それに、絆創膏​そっくりだったり、クレヨンの形そのもののチョコレートだったり​。 バレンタインのときはテディベアの形のモールド(型)が売ってたりと味だけでなくて、形やパッケージのデザインにまで徹底的に拘るのが「HONEY」 デザイン、色使い、POP&とびっきりキュート、とにかくハイセンスでオシャレ例えて言うなら西洋風駄菓子屋さん。 アメリカンな香りに、女の子はときめいてメロメロでした。 こんな素晴らしくセンスのよいプロダクトを世に送り続け、スイーツに新たな価値を付加した「HONEY」という会社は本当に凄い! 「HONEY」の歴史は1970年にまで遡ります。 花束になったキャンディやチョコレートをレストランなどのレジ回りで販売したのが始まりらしい。 1973年には、オシャレな駄菓子屋さん「ハラッパA」を代官山でオープン この「駄菓子屋スタイル」がヒントになり、自分の好きなお菓子を好きなだけ手に入れる、という「選ぶ」楽しみが取り入れられたのだとか パッケージへの拘りから派生して、パッケージやラッピングペーパーの専門店「キネティックス」、クリスマス専門店「クリスマスカンパニー」、テディベアを扱う「カドリーブラウン」など多角的に展開しましたが、悲しいことにお洒落で高感度だったこれらのショップはいつしか消えていき「HONEY」のお菓子をお店で見かける事も、なくなってしまったのでした。 とっても可愛くセンス溢れる商品の数々・・・いつまでも残り続けると思っていたのに、残念です。 40年程経っても古臭く感じるどころか逆に新鮮! 当時のコンセプトで復活して欲しいものです。 当時経営していた私の喫茶店では、私の琴線にビビッと触れる「HONEY(ハニー)」の雑貨やお菓子も少しですが取り扱っていました。 先日はサンタクロースの顔のキャンディポットとクマのサンタクロース(2種)を紹介しましたが、今回はサンタクロースの大型ライトです。 ハニーが企画、監修してアメリカから輸入していた品です。 ヴィンテージ USA製 80s 大型 サンタクロース ライト イルミネーション 頭上部などに経年による多少の擦り傷ありますが、遠目にはほとんど分からず割れ、ヒビなどはなく概ね美品です。 『EMPIRE PLASTIC』MADE IN U.S.A 希少なアメリカ製で1980年代のビンテージ品になります。 特に問題なく点灯を確認出来ております(電球は底部から交換出来ます) 高さ85cmと大型で存在感抜群です。 コードの長さ約195cm。 プラスチック製(ポリ製?) 今見てもとびっきりの可愛さ/販売可(売り切れ御免) 写真をクリックすると大きく見れます。 過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。 ************************* お薦め … Continue reading

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