唯一無二の家造り10・・・移設引っ越ししました(その2)

1983年にオープンした時からのCSN&Y(クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング)の大きい看板を取り外し移設しました。

クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(Crosby, Stills, Nash & Young、以下 CSN&Y)とは、アメリカ合衆国出身のロック・バンド。
フォークロック界の有名ミュージシャンが集結したスーパーグループとして結成し、主に1960年代末から1970年代初頭にかけて活躍した。
一旦解散後も集合離散を経ながら、様々な派生形態をとって活動している。

1968年7月、ローレル・キャニオンにあるジョニ・ミッチェルの家で元バッファロー・スプリングフィールドのスティーヴン・スティルスと元バーズのデヴィッド・クロスビーはスティルスの「泣くことはないよ」を歌っていた。そこへホリーズ脱退間近だったグラハム・ナッシュがハーモニーで加わり、歌い終わったときにグループ結成のアイデアが生まれたと言われている。
1969年5月29日、3人はデビュー・アルバム『クロスビー、スティルス&ナッシュ』を発表。アルバムはアコースティクな音作りと、3人のコーラスの美しさですぐに人気を呼んだが、もっとロック的要素を強めたいというスティルスの希望に沿ってメンバーが追加されることになった。数人のミュージシャンに加入を打診したがことごとく断られ、最終的に、当時すでにソロとして活動していたニール・ヤングがギタリストとして加わることになった。ヤングの参加によりグループ名はクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングとなった。
ウッドストック・フェスティバル(同年8月)への参加、翌1970年のアルバム『デジャ・ヴ』の爆発的ヒットなどにより、商業的にも知名度の点でも、CSN&Yは頂点を極めた。1971年4月に発売されたライブ・アルバム『4ウェイ・ストリート』も全米アルバム・チャートの1位を記録した。
近年はニール・ヤングが参加せず、クロスビー、スティルス&ナッシュ名義(CSN)の活動が続いた。 2015年に20年ぶりの来日公演。しかしワールドツアーを終えた2016年に、バンド活動は終了。但し、翌2017年のインタビューでニール・ヤングは、CSN&Yとしての再始動の可能性に含みを残した。

彼らは、50sのフォークリバイバルやロックンロールの黎明期を経て『ウッドストック』へとつながるアメリカ文化の遺伝子を後世に残した偉大なグループである。70sアメリカンロックを代表するグループというだけでなく、ウッドストック世代の思想や文化的な側面までが閉じ込められたマイルストーンだ。
70sアメリカンロックの進むべき道を提示し確実に後世にまで残るだろう。
アーティストを知らなくてもTeach Your Children(映画・小さな恋のメロディ挿入歌)など一度は耳にした方も多いのでは?

https://www.youtube.com/watch?v=PeEWMnRcrTY

喫茶店を開店するにあたり当初はアメリカン・フレーバーハウス「コーストライン」という副題を付けていました(のちにレトロカフェ・コーストライン)
そのアメリカンなイメージとして大好きだったCSN&Yの看板を取り付けたのですが、開店当初はサーフショップと思っていた人も多かった様です。

ヒッチハイクしている後ろ姿の女の子が米国を象徴していて、ヒッチハイクして向かうアメリカの未来の姿を表現している?

横幅272センチ×高さ170センチと大きく2階相当の高さの外壁に貼ってあったので脚立でも届かず、釘が錆びて外せず困っていましたが、別の看板(売り家)取り付けのついでに無料で外して引っ越し先まで届けて頂けました。助かった~

すっかり色褪せて捨てようかとも思ったのですが意外と木枠がまだ、しっかりしていたので車庫横に貼り付けました。

引っ越しの荷物整理の忙しい合間を縫って車庫を手造りhttps://blogs.yahoo.co.jp/coast1386/16117887.html

https://blogs.yahoo.co.jp/coast1386/16250003.html

写真をクリックすると大きく見れます。
過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。

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