感謝・感激・・・戦前「つちや地下足袋」の琺瑯看板を頂きました♪

ホーロー看板(琺瑯看板)とは、主に屋外用の表示として使用される看板の一種。
もともとの琺瑯(ホーロー)はガラス質の釉を高熱で焼き付ける仕上げを意味するが、のちに類似の外見を持つ塗料仕上げをも意味するようになった。
「ホーロー看板」における「ホーロー」は、後者の意味であり、金属板と塗料という組み合わせのものを意味する。その耐久性から、ブリキ製の類似品と比して現在でも美しい姿を保っているものが少なくない。
1950年代~1970年代の日本で普及した屋外広告の媒体としても広く知られている。
マスコミによる広告手段が一般的ではなかった時代、広告代理店を通さずに、その製品のセールスマンと看板の製造業者が各地で依頼・製作・設置していた。
琺瑯製の看板の設置に対する広告料は現金でなく現物支給が多かった(例えば大塚食品ならボンカレー3食分など)
その後、実用面ではプラスティック製の看板などに取って代わられつつある。
レトロな雰囲気が好まれ、愛好家の収集の対象へと変化しており、歴史的な価値や希少性から高値で取引される様になった。
線路や道路の脇になにげなく掲げられているホーロー(琺瑯)看板。
まだテレビなどが普及していない昭和30年代頃が全盛期で、現在では消滅の一途を辿っています。
独特なデザインや色使い、そしてお茶目なネーミングがとても魅力的です。
また、日本経済の発展を物語る文化遺産でもあり、当時の生活をも垣間見ることができます。

「つちや地下足袋」の琺瑯看板を頂きました♪
戦前の品で、決して保存状態が良くはありませんが、感謝・感激です。
表と裏で絵柄が違い「一粒で二度美味しい」グリコの標語の様な看板です。
地下足袋は「忍者シューズ」と呼ばれ、海外でも人気になっています。

「つちや足袋」は、明治6年(1873)10月に、福岡県久留米の倉田雲平が創業した足袋の製造店で、明治10年(1877)2月の西南戦争の時、軍用の足袋と法被の製造を引き受け、明治23年(1890)には九州各地を始め、関西、朝鮮、支那にまで販路を広め、製法の機械化のために各種の発明特許を得るに至った。
1962年「月星ゴム株式会社」に改名し、2006年には、更なる海外展開とムーンスターブランド価値向上を目的に、現社名「株式会社ムーンスター」に変更した。
ブランドスローガン「Time with pride.~ひたむきに、歩み続ける。」

http://www.moonstar.co.jp/time_with_pride/




私のホーロー看板のコレクションの入手方法は、今回の様に寄贈頂いたモノが60%を占め、持ち込み買い取りが10%、交換が5%、自分で探し出したり購入したモノが25%です。

http://blogs.yahoo.co.jp/coast1386/14728404.html

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過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。

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