生きていれば132歳・・・今日9月9日はカーネル・サンダースの誕生日

今も生きていれば132歳・・・9月9日はカーネル・サンダースの誕生日

ハーランド・デーヴィッド・サンダース(Harland David Sanders、1890年9月9日 – 1980年12月16日)は、アメリカ合衆国の実業家で、ケンタッキーフライドチキン(KFC)の創業者。カーネル・サンダース(Colonel Sanders)として知られている。
日本では「カーネルおじさん」「ケンタッキーおじさん」の愛称が定着していますが、本名は「ハーランド・デーヴィッド・サンダース」。「カーネル」は、実は名前ではないのです!  食文化の発展に大きく貢献したことで、アメリカ合衆国ケンタッキー州から与えられた称号なのです。

サンダースが、各地のレストランの経営者や従業員にフライドチキンの調理法を教えて売れたチキン一羽につき5セントを得るという新しいビジネスモデル(フランチャイズ)を始めたのは、1952年である。この年、ユタ州ソルトレイク市のピート・ハーマン (Pete Harman) が最初のフランチャイジーとなり、フランチャイズ一号店が開業した。これが世界初のフランチャイズ・ビジネスとなる。「ケンタッキー・フライドチキン」(KFC)というブランド名は、このときハーマンによって提案されたものである。

KFC日本法人によれば「日本のKFCが一番気に入っている」と述べていたといい「日本びいき」であった。

日本国内にあるケンタッキーフライドチキンの店舗の多くでは、店頭にカーネル・サンダース像(繊維強化プラスチック(FRP)製)がディスプレイされている。像そのものが「カーネルおじさん」と呼ばれることがある。日本法人では「カーネル立像」と呼んでおり、立体商標登録されている。

大きさと意匠
立像は、身長173cm、重量26kg。サンダースが60歳のころの体形(身長180cm、体重90kg)をモデルとした、ほぼ等身大のものである。白いスーツを着用し、その襟元に黒いリボンタイ(ストリング・タイ(string tie))を結んだ姿でデザインされており、これもサンダースの衣装をモデルとしている。

カーネル像は、元々カナダのあるフランチャイズ店でイベント用に使用されたものであったが、その後倉庫に放置されているところを、視察に訪れた日本法人の幹部が持ち帰ったのがはじまりである。日本法人が設立された1970年当時、日本国内ではまだファーストフードという業態やフライドチキンという食べ物が浸透していなかったため、カーネル像はフライドチキンの認知度を高める役割を担った。当時は、紅白に塗装された店舗を理容店などと間違う客が存在したといい、カーネル像は間違い防止も兼ねたという。

1970年代以降、日本法人の店舗展開とともに、店頭でのカーネル像展示が日本全国で行われるようになった。
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配布期間は9月6日~9日で、引換期間は9月6日~19日。

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過去のブログ記事も加筆、訂正、写真追加している場合がありますので宜しければ時々、覗いてみて下さい。

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カーネル・サンダース 65歳から世界的企業を興した伝説の男

「白い上下のスーツにステッキ姿、温和な笑みを浮かべながら店の前に立っている老紳士の人形」といえば、誰もがケンタッキー・フライド・チキンの創始者であるカーネル・サンダースを思いうかべることだろう。しかし、彼の生い立ち、ケンタッキーを始めるにいたった経緯などは、謎に包まれたままだった。カーネルは、65歳で年金生活を捨て、事業を興し、フランチャイズ制度を初めて確立し、世界的企業にまで発展させた偉大な人物である。本書は、その波乱に富んだ知られざる彼の生涯を著した初めての書の文庫化である。

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