彼女と出会ったのは、2年以上前だったでしょうか?

当時ヴァローレの古澤さん(現アルビス)から依頼がありました。

「富山大学の学生さん(当時3年生)で、卒論で『とくし丸』をテーマにしたいっていう子がいる。

その子と一緒に、研修に行ってもいいですか?」と。

そんな若い学生さんが、とくし丸に興味を持ってくださり、

わざわざ私に会いに来てくれるっていうのを断る理由がありませんでした。

「大野沙羅です」と、はにかみながら、でも笑顔で挨拶してくれた彼女は

とても好感のもてるかわいい子でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、研修始まるとその表情は、真剣なまなざしに変わりました。

メモとペンを片時も離さず、私とお客様の会話をひとつももらすもんかというくらい

真剣にメモを取っていたのが印象的でした。

私自身も、何かを始める時覚える時、どうでもいいような事でも

メモをとります。

後で、なんでこんなん書いてるんだろう?笑

って、思うようなことでも。

だから、なんか印象に残りました。

大人の中に1人混じっていても、全く動じず、

乱さず、気を遣わせず…。

そんな当たり前のようで、なかなかできない事が自然とできる子だなと思いました。

そして、1年後彼女はパワーアップしていました。

お父さんお母さんくらいの歳の人が20人以上集まった

2019年第2回大人の修学旅行(http://www.manekineko-k.com/users/authour/tokusimaru5/blog/?p=1890)に

参加してくれたのです。

そこでも、全国各地から集まった販売パートナーのみんなに

たくさんたくさん質問して、相変わらずずっとメモし続けていました。

そんな、熱心な沙羅ちゃんの姿を見て、みんな心から応援していました。

そして沙羅ちゃんは、無事に卒論を書き上げ、この春富山大学を卒業しました。

後日、しっかりとまとめ上げた卒論を、わざわざ送ってきてくれました。

そこには、研究し尽くしてくれた思いの詰まった『とくし丸』がありました。

それは、私にとってまた大きな宝物になりました。

その人柄と成果が認められたのでしょう。

彼女は、小学校の頃からの夢を叶えたそうです。

それは、新聞記者さんです。

夢を叶えて、新聞記者になったというのも、聞いていました。

でも、最近

愛知県のサンエースというスーパーさんでとくし丸をされている

榊原さんが取材を受けて載ったという新聞を紹介してくださいました。

その記事の最後には

(大野沙羅)

と、名前が載っていました。

それに気付いたライングループの仲間たちも

途端に色めき立ちました!

「あの沙羅ちゃんか?」

「同姓同名か?」

「いや、きっとあの沙羅ちゃんに違いない!」

みんな、本当に喜んでいました。

もちろん、私も嬉しくて、すぐに沙羅ちゃんに連絡しました。

沙羅ちゃんは、社会部に配属され、自由に取材してきていいよ。と、

言われ、やっぱり初めは「とくし丸」からやろう!と、思ってくれたそうです。

連絡してからすぐに、

掲載された新聞と手紙を送ってくれました。

記事には、とくし丸だけではなく、『移動サービス』というくくりで

書いたそうです。

でも、読むと沙羅ちゃんの「とくし丸」への思いが詰まっているな。

嬉しいなと、心からそう思いました。

大変な時代に、社会に一歩踏み出した沙羅ちゃん。

夢を叶えた沙羅ちゃんにも

きっと、これから大変なことがあると思います。

でもね、

全国各地に沙羅ちゃんを応援している人がたくさんいるよ!

そのことを忘れないでね。

手紙の最後に、また機会があればお会いして、取材もできたら…。と、

書かれていました。

私も、ますます成長した沙羅ちゃんに会える日を楽しみにしています。

その時、ガッカリされないように、

私も頑張らないとなと、思っています。

沙羅ちゃん、ありがとう。

出会いに感謝です。


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おお!中日新聞!中部地方では敵無しぶっちぎりの一流紙!(ドラゴンズの母体でもある)すごいなあ。

丹後ヨメさま、そうなんですね!
さすが✨沙羅ちゃん✨
応援していきます!
ヨメさまも
お願いします!

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